2001年4月 : バルセロナ警察署

バルセロナでの最初の生活は、午前は語学学校へ通い、昼は同じクラスの外国人とスペイン語のレッスンもかねて昼食。
午後は特に決まったことはないのでひたすらバルセロナを歩いて情報収集に勤しんだ。

アパートの下に住むサニーからバルセロナでのローカルな生活を教わるがこれがまたすごい。日本人など治安が悪くて足を踏み入れないうす暗い場所のレストランやカフェ、スポーツジムなどを紹介してもらう。

最初は戸惑っていたが、慣れてしまえばなんてことなかった。スポーツジムとは名ばかりの体育館で時間の空いた午後は体を動かしたりしていた。安いか高いか分からないが月々1500円くらいで使い放題。といってもぼろいエアロバイクと古い筋トレ器材がちらほらある程度。
今思うと危なくて考えられないが身分証明書としてパスポートフロントに預けなくてはいけなかった(2か月くらいで辞めました)

バルセロナに来て1か月半が過ぎ、そろそろ警察署でビザの更新手続きをしなくてはいけなかったので、学校を休んで警察署に行ってみると、ビルの入り口を囲むように行列が3列、4列と信じられないくらいの人が並んでいた。
バルセロナは住みやすく他のヨーロッパに比べると生活費も当時は安く、ほかの外国人も多くビザの申請に来ていた。

4列もあるとどこに並んでいいか分からず、警備員に片言のスペイン語で話しかけると指示が出てその列で待つこと4時間。ようやく中に入れると思ったら「今日はここまで」と打ち切られる。4時間も待ってまた明日来いと言うのだ。しかし、怒るに怒れない自分の語学力の無さと、並び疲れた疲労にガックリ。

翌日、昨日よりも早めに並ぼうと早起きして同じ列に並び、待つこと3時間。ようやく中には入れて書類提出。
すると・・「この書類はこの列じゃなくて別の列だよ。並びなおして」という。昨日の警備員など信用した私がいけなかった。これもスペイン流の洗礼。
結局3日間かけてようやく書類が提出することに成功してビザがおりた。あの悔しい経験は絶対にわすれない。

そしていち早くスペイン語を覚えなくてはいけないと、危機感を感じたのと同時に、スペイン人はなんて適当なんだと感じた日でもあった。
そのあと知ったことですが、ビザ代行業者というところに1万円くらい払うとすべてやってくれるという。
2回目からは並ばずに業者に頼みました。つづく・・

山田 晃広

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